プロジェクトマネジメント(2) 経営との違いは何なのだ!『2022年8月号Way to The Topより』
前号に引き続き、プロジェクトマネジメントを取り上げます。事業を運営(経営)することと、プロジェクトをマネジメントすることに、大きな相違はないのでは?という問題提起からです。
前号ではPMIという組織がPMBOKというプロジェクトマネジメントの標準化・体系化しており、PMBOK、プロジェクトマネジメント十二の原理原則を紹介しました。
ある種のサービスであるプロジェクトマネジメントの標準化・体系化は、プロジェクトマネジメントの範囲や内容を明確にしサービス品質の向上を促します。またプロジェクトマネジメントを学ぶことにも寄与します。
PMBOK(第七版)の構成
PMBOKの構成は、左の図のようになっています。プロジェクトマネジメント標準、プロジェクトマネジメント知識体系ガイドの二つからなっています。プロジェクトマネジメントの標準は、最初に「価値実現」があり、次にプロジェクトマネジメントの原理原則という序列になっています。成果物を作り出すだけでは不十分で、価値を創出し組織に影響を与えないプロジェクトは意味がないと述べています。その次にプロジェクトリーダーがどのように行動し、どのように運営すべきかの原則が記されています。この十二の原則の中身は、前回要約したとおりですが、どれも経営者が注意すべきことばかりでしたね。カタカナなのでタイトルから内容が予測できませんが、、例えばスチュワードシップは、「コンプライアンスを維持しながら、誠実さを保ち、他者の面倒を見て、信頼されながら諸活動を実行するために責任を持って行動する。そして自らが支えるプロジェクトの財務上の影響・・・云々。」と書かれています。他の原理原則もマネジャーなら当然といえることが記載されています。
ここからは、いくつかの「企業組織のあり方としての経営理論」とプロジェクトの有用性について書いてみます。
リソースベーストビューとの関係
企業の成長の源泉は、企業が持つ「他にはない特別なもの」です。企業が時間をかけて作り上げたもの。例えば、製造設備だったり、複雑なオペレーションだったり、企業文化であったり、これらの組合せかもしれません。いずれにしろ、簡単に模倣したり、代替できないものです。このような「他にはない特別なもの」を生み出すには、どうしたら良いでしょうか。際だった業績を残している企業はみな違っていて、それぞれが独自の問題を解決することで、独占を勝ち取っています。不幸な企業はみな同じで、競争から抜け出せずもがいています。会社の中にあるリソースの違いが他と変わらなければ平凡な業績しか残せません。どうやって企業内に際立った違いを作り出せるでしょうか。
今ある選択肢の中の全てについてプロジェクトをスタートさせ、そのフィードバックによる学習から奇想されたプロジェクトをスタートさせるというように、多くの実験を繰り返す中で、何か特別なものを作り出すしかないと考えます。平凡な方法ですが。
取引費用理論との関係
組織のコストを最小化するというのは、どのような組織においても重要な施策です。最適な取引形態、最適なガバナンスを求めて試行錯誤しているはずです。
しかし、人間は合理的ではあるが、経済学で言うような合理性は持ち合わせていません。つまり、全ての選択肢の中から将来を予見し、最も適切な選択肢を選ぶことができるのは神だけです。ほんの数日後であろうとも、その時の競争相手の状況、その時の市況がどうなっているかを知ることはできません。今この時の延長線で予想してもそれが現実となることは限りません。わからない将来を予測し、把握している選択肢の範囲においては合理的であるに過ぎないのです。我々は合理的ではあるが、限定的な合理性でしかありません。
企業には限られたリソースしかありません。変化を予見して、その少ないリソースを重要ではあるが不確定なものに振り向けることは危険です。そのような中でコストを最小化する為に、プロジェクトによる模索は最善の方法・手段と言えます。
企業行動理論との関係
プロジェクトによる学習は、組織に選択肢を与えます。現在の業績に満足していない。将来の業績は不安でいっぱいである。などの理由によるリサーチは、組織にとって多くの学習を促すと共に、多くの選択肢を与えてくれます。貪欲な経営者であれば、もっと良い選択肢があるのではないかとリサーチを繰り返します。
また、期待値との大きなギャップがあるとき、リスクの高い選択肢を取りがちである。特に、資金ショートなど存続に大きな不安を抱えるときには、心理的な焦りから身近にある良さそうな選択肢(やりやすい、以前やったことがある方法)に飛びつきたくなります。こんな時こそリサーチの為のプロジェクトを立ち上げるべきです。
センスメイキング理論との関係
組織の方向性を変えようとするとき、経営幹部が一つの選択肢を選んだ場合に、その意図を組織構成員が経営幹部と同じように理解することがあり得ません。人は、これまでの経験、背景、立ち位置などのフィルターを通して、物事を理解、物事を解釈します。本来、組織の意義は、多様な人々の多様な解釈を減らし、足並みを揃えていることであり、完全ではなくとも大筋の解釈が同じでなければ、強固な組織とは言えません。ただ人が集まっているだけ、もしくは緩いつながりの集団が高い業績が上げられるはずもありません。
プロジェクトの成功、プロジェクトの成果は、組織にとっては小さな営みに過ぎませんが、センスメイキング(組織の構成員を納得させる)するには、良い取組です。
人々を納得させるには、まずは行動をすることが重要です。行動することで、初めて目にするものごと、小さな行動で影響を受けた環境、これまで手に入れることができなかった情報を手に入れることができます。小さなプロジェクトでも、組織の構成員の足並みを揃えるには十分な施策となります。
ネットワーク理論との関係
人は他者には、よそよそしく、初めての取引ではビジネスライクなものです。事務的で利己的な取引から全ての取引がスタートし、取引を重ねるうちに、他利的な取引が行われることもあるります。過去の経験から互いが何を考えているか理解し、今現在の利己的な取引ではなく、将来にわたった濃密な取引関係が醸造するためです。
人々がそれぞれの役割をもって参加するプロジェクトの構成員が、社内だけではなく社外の人を巻き込んでいる場合には、更に半年から一年のプロジェクトであれば、そのチームにはきっと強固な信頼が育まれます。閉じたネットワークでは、信頼が醸造されやすく、チーム内の文化も生まれます。プロジェクトが終わってそれぞれの場所に戻ってもその関係性は維持されます。それぞれの場所でそれぞれの立場で取引を行う時には、よそよそしいビジネスライクな取引ではなく、ウィンウィンな取引ができるでしょう。
終わりに
プロジェクトは組織を活性化、変化を起こすために有用であるとわかります。プロジェクトと企業を経営することの違いは、プロジェクトは元いた場所があること、プロジェクトを組成した上部組織があることくらいです。つまりプロジェクトマネジメントの標準化・体系化を経営者が利用することができます。PMBOKのプロジェクトマネジメント十二の原則は、全て応用可能といえます。
ただ、小企業がプロジェクトチームを組成するといっても、日常業務をおこなう人員しかいない状況では、「プロジェクトなんて!」と思うかもしれませんが、小企業にとっては、社長が全てで、最も業務、その将来性を知っている社長がプロジェクトリーダーです。しかし、主観的になりがちです。メンバーを外部に求め、チームメンバーは社外の人やコンサルでも良いかもしれません。
参考文献
入山章栄. (2019). <i>世界標準の経営理論 = Management theories of the global standard</i>. ダイヤモンド社.
プロジェクトマネジメント知識体系ガイド PMBOK(R) ガイド 第7版 + プロジェクトマネジメント標準[本/雑誌] (日本語版) / Project Management Institute/著 PMI日本支部/監訳