浅はかな人間は運を信じ、流れを信じる。強い人間は因果関係を信じる。 Ralph Waldo Emerson

イントロダンクション
未来がなぜ特別で大切なのかといえば、それが「まだ訪れていない」からではなく、そのときに「世界が今と違う姿になっている」からです。だから、もしこれから100年のあいだ社会が変わらなければ、未来は100年以上先にならないとやってこないことになります。もし次の10年で物事が急激に変わるのなら、未来は手の届くところにあることになります。未来を正確に予想できる人などいませんが、次の二つのことだけは確かです。未来は今と違う、だけれど未来は今の世界がもとになっているのです。

なぜ起業するのでしょうか
勤めていた会社が辞めたから。なぜ辞めたのでしょうか、理由は、上司や同僚との人間関係がうまくいかなかった、効率よく稼ぎたかった、人に使われるのに嫌気がさした、何か新しいことを始めたかった。
しかし、起業・独立して、辞める前の企業と同様な事業を営んでいる人が多いと感じます。以前勤めていた企業と競争し、同業他社と競争をして、やる気にあふれた創業者が更に事業を拡大するために社員を雇用する。しかし、結局は人間関係に悩みます。また、起業は効率的にお金が稼げるわけではありません、動かしているお金は増えますが、自分が本当に自由に使えるお金はむしろ減ります。
確かに、新しい何かを作るより、知っていることをする方が簡単だからです。

ピーター・ティールは、新しいものを生み出すという難事業に投資し、行動しなければ、企業に未来はないといいます。現在どれだけ大きな利益を上げていても従来の古いビジネスを今の時代に合わせることで収益を確保し続ける先には何も待っていないのです。新しいこと、試されていないことこそ、ベストなやり方なのです。
他にない新しい事業で独占的な環境が作れれば、社会に役立つ新製品が開発され、企業には持続的な利益がもたらされます。競争環境では、誰も得をせず、たいした差別化も生まれず、みんなが生き残りに苦しむことになります。

みんな競争が大好き
マルクスは、人は違いがあるから戦うのだといいます。労働者がブルジョアと戦うのは、考え方や目標があまりにも違いすぎるからです。
シェイクスピアは逆に、競い合う人々の間に余り違いがないからだといいます。「ロミオとジュリエット」の冒頭のセリフは、「二つの家族はいずれも同じく誇り高い。両家は似ているが、お互いを憎み合っている。抗争が激しさを増すと、どちらもますます似てくる。最後には争いのきっかけがなんだったのかさえ忘れている。」
マルクスとシェイクスピアでは時代背景が違います。マルクスの時代はイギリスで始まった産業革命がヨーロッパ諸国に波及し、大きな変化の中にありました。一方でシェイクスピアの時代は、絶対的な権力を有するエリザベス一世のもとで比較的安定した時代でした。
現在の我々の社会環境と似ているのは、シェイクスピアです。似ているがために競争が起きているのです。同じ様な事業は競争をすることでしか生き残れないのです。ただ、安定していても、変化の時においても、どちらにしろ人は常に競い合っています。
競争は素晴らしい、競争こそが生きていることの証だと思われる方は、それでも良いかもしれません。しかし、事業における競争の本質は、もっと付加価値のあるサービスを、もっと低価格を、もっと顧客の利益の増大が求められる競争です。その果てにあるのは、十分な利益も上げられず、雇用されている人に十分な報酬も支払えない、経営者として苦しいだけの競争です。
市場から見ると、同じ様な企業が増えるだけですから、競争はより一層激しくなります。市場が拡大しているのであれば、その分け前があるかもしれませんが、成熟した社会においては、市場拡大による利潤を得ることはできません。不幸な将来が待ち受けている企業となってしまいます。努力をし、競争で勝ち残って、事業承継の時を迎えたとしても、その事業を引き継いでくれる人がいるのでしょうか。その苦しみを背負える人が、あなたの会社にいるのでしょうか。それともその会社を買ってくれる企業がいるのでしょうか。

幸福な企業
トルストイは「アンナ・カレーニナ」の冒頭で、「幸福な家族はみな似かよっているが、不幸な家族はみなそれぞれに違っている」と書いていますが、企業の場合は反対で、幸福な企業はみな違っていて、それぞれが独自の問題を解決することで、独占を勝ち取っています。不幸な企業はみな同じで、競争から抜け出せずもがいています。

幸福な企業は競争をせずに、市場を独占しているという特徴があります。
アップルはiphone、ipadという洗練された製品とサービスを提供し、顧客を囲い込んでいます。グーグルは検索エンジンで唯一無二の存在です。アップルもグーグルも市場に一番乗りした先駆者ではありません。既にあった市場に新しい商品やサービスを導入した企業です。これらの企業は特別なテクノロジーを持っていたのでもありません。新しい考え方を市場に問うた企業なのです。

幸福な企業の特徴
1 独占的な技術
自社の商品やサービスを模倣されることはほとんどない。
2 ネットワーク効果
利用者の数が増えるにつれ、より利便性が高まるのがネットワーク効果です。
3 規模の経済
独占企業は規模が拡大すれば更に強くなる。

どこにもない新しい事業
新しいことを始めるには起業することが一番です。大きな組織の中では新しいものは開発は難しい。これまでの成功体験が新しい試みを邪魔をします。かといって、一人で新しいことを始めるのは更に難しい。孤独な天才は、芸術や文学の名作を生むことはできても、一つの事業を想像できません。新しい事業を起こそうとする起業はチームで働くことが原則で、且つ実際に仕事をやり遂げるにはそれを少人数に留める必要があります。
起業とは、創業者が世界を変えられると信じ、創業者自身が説得できる他人達の集まりです。新しい会社の一番の強みは新しい考え方で、少人数なら敏捷に動けることはもちろん、考える時間が与えられることに大きな利点があります。

特別な瞬間
何事も始まりの瞬間は特別です。「創業の時が、ぐちゃぐちゃな創業は後で直せない。」(ティールの法則)のです。
例えばパートナー選びに失敗したり、できない人間を雇ってしまったりすると、修正できるものではない。創業者の第一の仕事は、一番はじめにやるべきことを正しく行うことです。土台に欠陥があっては、偉大な企業を築くことはできないのです。
創業チームの技術的な能力や補完的なスキルも重要ですが、創業者がお互いどれだけよく知っているか、一緒にうまくやっていけるかが重要です。


さあ、まずは考えてみよう
特別なテクノロジーはいりません。競争をせずに市場の独占を成功させるには、慎重に市場を選び、じっくりと順を追って拡大しなければなりません。
どんな創業も始まりは小さい。使えるリソースも少ない。だから非常に小さな市場から始めるべきです。失敗するなら小さすぎて失敗する方が良い。大きな市場よりも小さな市場の方が支配しやすいからです。そして小さいことと存在しないことは違います。
創業者が狙うべき理想となる最初の市場は、少数の特定ユーザーが集中していながら、ライバルがほとんどあるいは全くいない市場です。


参考文献
Thiel, P. A., Masters, B. G., 関美和, & 瀧本哲史. (2014). ゼロ・トゥ・ワン : 君はゼロから何を生み出せるか. NHK出版.
Tolstoy, L. graf, & 木村浩. (2012). アンナ・カレーニナ (改版). 新潮社.