まずは、前回の復習です。人間の思考は、システム1とシステム2と呼ばれる2つの思考で成り立っています。システム1は直感的な思考をおこない、システム2はシステム1の認識や判断を吟味した上で、これを修正する役割を持っています。システム1の特徴は、自分の周囲を常にモニタリングし、自分の置かれている状況を分析し、このままで良いのか、何らかの対応が必要がなのかを瞬時に判断します。システム2は、システム1では対応できないような論理的思考や、自分の振るまいが適切かどうかをチェックします。システム1は常に働き、これを止めることは難しく、システム2は一度に一つのことしかできず、稼働させるには努力が必要です。
多くの場合、システム1が私たちの合理的な判断を歪めます。

アンカリング効果
アンカリング効果とは、難問に直面したときに、その場で認知できる何らかの情報を出発点にして模索しようとすることです。
例えば、事業計画を立てるときに、アンカリング効果が見受けられます。
部下が、来期の売上計画を相談に来ました。売上計画が1億と記されています。
「田中君、そんなに、できるわけないだろう。」
「しかし、部全体の目標が12億円で、12人の営業で考えると・・・。」
「君の今期の実績は3千万円だぞ、8千万円の売上計画で、実施計画を考えてきてくれ!」
1億円という初期値から推論するために、十分な修正がおこなわれず、最終的な推計値が初期値(参照点)である1億円の影響を受けています。
私たちは、価格交渉などの際に、恣意的に提示された金額に影響されることを自覚しなければなりません。
身近なところでは、スーパーなどの店頭で「4,980円→3,000円 1日10名様限定!」などのpOpです。私たちは「4,980円」という金額にひきつけられています。意識しなくてもシステム1は「安い!」と認識します。この4,980円という数字に何らかの意味があるかないかは、問題ではありません。どうしても、影響を受けてしまうことが問題なのです。
他にも、私たちは短期目標を立てます。達成が容易な日もあれば難しい日もあります。
タクシーの運転手は、雨の日には客を探さなくても、次から次とお客が乗車します。早い時間にあっさり目標を達成できるでしょう。しかし、天気の良い日には、町を流していてもお客がいません。経済学の理論からすると、運転手は雨の日に長時間頑張って働き、晴れた日に休暇を取るべきと考えるのが結論です。しかし、私たちはそうはしません。売上目標(参照点)が決まっている運転手は、達成できなければ損失なので、晴れた日はこれを避けるべく頑張って働き、雨の日は目標を達成したら、ずぶ濡れになってタクシーを探すお客を無視して家に帰ります。
その他にも「今月の売上目標を1週間残して達成!」、「さっ、飲みに行こう!」ってやっです。気持ちはわかりますが。

予算オーバーや未達の原因は、計画立案者や意思決定者の楽観主義だけではありません。
初期値から推論するために、 十分な修正が行われないことが多く、最終的な推計値が初期値の影響を受けたためかもしれません。

利用可能性
利用可能性とは、マスコミ等で報道され身近に感じやすい事柄ほど、実際に実現可能性が高いと錯覚する傾向のことです。マスコミは実現頻度が低くても、受け手の関心の高そうな内容を中心に報道するため、事件や事故等には注意するが、報道される機会の少ない成人病へのケアを怠り大病を患うなどの例が挙げられます。
「環境に優しい自動車メーカーはどこか?」という質問に対して、「プリウス」を思い浮かべてトヨタと答える。テレビCM、道路でもよく見かけます。このことから連想してしまうのです。実際は、スズキやダイハツといった軽自動車を販売しているメーカーが答えられるべきかもしれません。

また人々は感情に従って判断や意思決定をおこないます。平たくいえば、好きか嫌いか、あるいは感情反応が強いか弱いかで物事を決める傾向があります。
健康を気にする人たちは、日々の食事から酸化防止剤を気にします。つまり、コンビニ弁当を食べないことになります。酸化防止剤は、発がん性物質である可能性や免疫力の低下などのデメリットの一方で、食物の味を損なう事なく一定の状態に保つことで保存性を高めることができ、廃棄などの無駄が減り、食中毒も防ぐことができます。自然食品の中にも、抗酸化分子は特定のベリー類や豆類、アーティチョーク、多くの茶葉などに含まれています。自然食品の場合には、ガンや心臓病、神経変性疾患の危険を減らすとメリットが強調されます。
酸化防止剤に否定的な感情を持っている場合には、リスクを強調し、メリットが思い浮かびません。肯定的な感情を持っている場合には、メリットを高く評価し、リスクを考慮しません。

何かを選択をすることは、選択肢がある限りにおいて必ずメリットとデメリットが存在します。想像上の世界では、良い技術はリスクを伴わないし、悪い技術には何のメリットもないのかもしれません。そうであればあらゆる意思決定は簡単です。しかし、現実の世界では、私たちは費用と便益の間で悩ましいトレードオフに直面し、批判を浴びながらも何らかの選択をしなければなりません。

代表性
代表性とは、典型的な特徴をもつ内容に対して過剰に反応してしまうことです。
「血液型のA型がまじめで慎重である。B型がマイペースで楽天的である。」といった何の根拠もないことに影響されてしまいます。「この几帳面な資料は山田さん(血液型A型)が作ってくれたんだね。」と意味がわかりません。
若い男性は、高齢の女性よりも荒っぽい運転をするとか、「嫁は怖いもので、恋人は優しいもの」などと、同じ女性なのに名称が付与されることでステレオタイプな考え方がうまれます。

問題です。 ダークスーツを着て、眼鏡の下には鋭い眼光、ゼロハリバートンを持った男性がいます。彼の職業は何でしょうか。
A銀行員 Bプログラマ 
C公務員 D旗の台の税理士
考えていただきたいのはDには「旗の台」の「税理士」という二つの条件が付与されています。そう考えれば一番確率が低いものはDとなるります。Dを選んだ人は、私を思い浮かべたに過ぎません。
私たちの脳は、難しいことを考えるときに、知っていることに置き換えて考えてしまいます。こんな問題なら間違ったところで何でもありませんが、これが新製品を採用するか否かの会議で、権限を持つ人が、イヤな経験を持つ製品を連想し、置き換えて考えたとしたら、その製品が採用される可能性は低くなります。

エキスパートの直感が信用できるか!
あるタスクに習熟するにつれて、必要とするエネルギーは減ります。脳の多くの研究から、脳の活動パターンは、スキルの向上と共に、活発な領域が減っていくことがわかっています。
業界の第一人者であろうとなかろうと、自分の判断に自信を持つときには、認知容易性と一貫性が重要な役割を果たしています。つまり、矛盾や不一致がなく頭にすらすら入ってくるストリーは受け入れやすい。ですが、認知が容易でつじつまが合っているからといって、真実だという保証にはなりません。システム1の連想マシンは疑いを押さえつけ、一番もっともらしく見えるストーリーに、上手くはまる考えや情報だけを呼び出す仕組みになっています。「見たものがすべて」なので、自分の知らないことはないものとし、簡単に自信過剰になってしまいます。こうして私たちの大半は、根拠のない直感にひどく自信を持つことになるわけです。
直感的な判断が妥当であるかどうかは、2つの基本条件が必要となります。
1 十分に予見可能な規則性を備えた環境である。
2 長期間にわたる訓練を通じてそうした規則性を学ぶ機会があること。
チェス、将棋は規則性のある環境の代表例です。ブリッジやポーカーも明確な統計的規則性を備えています。医師、看護師、運動選手がおかれる環境は複雑ではありますが、基本的に秩序があります。
逆に言えば、規則性のない無秩序な状況での予想は、妄想でしかないということです。つまり、規則性のない事業での予測は大概が妄想となります。

セルフコントロール
強い意志やセルフコントロールの努力を続けることは疲れます。何かを無理矢理頑張ってこなした後で、次の難題が降りかかってきたら、私はセルフコントロールをしたくなくなるか、うまくできなくなります。
セルフコントロールを消耗させる状況は、そのどれもが、人間の自然の欲求やニーズと対立するか、それらを克服しなければならないという共通点があります。
・考えたくないのに無理に考える。
・感動的な映画を見ているのに感情的な反応を抑える。
・相反する一連の選択をおこなう。
・他人に強い印象を与えようとする。
・配偶者や恋人の失礼な振る舞いに寛容に応じる。
セルフコントロールできる状況を維持して、仕事に取り組み、システム1による特有の間違えを正したいものです。
ま、私には無理ですが・・・。
ダニエル・カーネマン氏も言っていますが、自分のことは無理でも、客観的になれる他人のことなら可能かもしれません。